津城

 

『料理の鉄人』に出演した際、

 

オープニングで主宰の鹿賀さんに「東京の料理人についてどう思うか」と尋ねられ、

 

思わず「料理人のそのものに余裕が無いんじゃないですかねえ」と答えてしまった。

 

今思えばあまりにも挑戦的な物言いで自分も若かったということだ。

 

ただこうして地元に店を開いて言い方はともかく、その感想にあまり変わりは無い。

 

たまに東京や大阪、名古屋に行くと街中がそわそわして慌しい感じがする。

 

もしそういうところで料理を作ったら刺激はあるだろうが今の自分の料理とは違うものになっていただろう。

 

 

伊勢志摩に近く海の幸や山の幸にも恵まれた地元三重は都合がいい。

 

もちろん東京には各地から選りすぐりの新鮮な素材が集まってくる。

 

それをうらやましく思うが、地元の食材を使い、それらを工夫して地元の人たちに食べてもらうことも、

 

料理人としては代えがたい喜びだと思う。

 

料理はもちろん美味しいことが一番である。

 

だが、これからの料理は健康も意識していかなければならないと感じる。

 

「お客様に心から楽しんで頂き、記憶に残るような料理を提供する」そんなレストランを目指したいと思ったのが

 

地元にこだわった理由である。

 

フランスでは三ツ星レストランの大半が地方にある。

 

日本にも地方ならではのレストランがもっと増えていくことを期待したい。

 

ラ・パルム・ドールがそうなることが料理人としての夢でもある。

 

「俺はあきらめない」~不良少年フレンチシェフ~

最終章の“地元ならではのフレンチをつくる”から抜粋

https://blogs.yahoo.co.jp/la_palmedor/38820929.htmll

 

松阪牛

伊勢海老

アワビ

 

 

 

 

 

 前回“料理人になったルーツを探る”でこの道に入ったきっかけを書かせて頂きました。

 

そこから料理人としての修業が始まるのですが、もともと独立願望など全くなく、

 

このようになるとは当時は予測も出来ませんでした。ただ30才で料理長になるということだけは常に目標としていました。

 

この仕事は2時間で人を幸せに出来る素晴らしい職業だと思います。

 

経営するということは、好きなだけでは出来ないことだと感じていましたし、

 

自分自身、経営者には向いていないと考えていました。

 

料理だけが好きでこの世界に入ったというよりも、子どもの頃連れて行ってもらったレストランには喜びや感動、

 

そしていつもほんの少しの驚きがあったように思います。

 

店づくりはトータルだと感じています。いい料理に、いいサーヴィス、いい店づくりをしないと

 

お客様に心から楽しんでもらうことは出来ないと思っています。

 

2001年に「ラ・パルム・ドール」をオープンしてから、パティスリーやウェディング、そしてブーランジェリー、

 

まさかこんな展開になるとは…

 

しかし、“本来は料理人”

 

もっといい料理がつくれるように極めていきたいと真剣に考えています。

 

まだまだ夢や希望は尽きることはありませんが、

 

これからも地元の人たちに可愛がられる店づくりを追求していきたいと思っています。

 

旧パルムドール 夜 

 

 

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